男性医療事務員の戯言

医療事務でメシ食ってます。愛妻家です。

32歳になったけど、何ができるようになったのだろうか。

32歳になりました。しかし32歳はおっさんですねぇ。4月から新しい年度も始まることだしいろいろと考えてみました。

そんな中でわかったことは、世の中の大多数の人は「僕にはこれができる」とか「これがやりたい」みたいな情熱をなんて無いって事です。

32

それが大人になることなら、大人になんてならなくていい

学生時代のことを思い出しても、僕はずっと70点くらいの人生でした。平均点よりはちょっと上くらいな感じ。

サッカーをやっていたんですけど、上級生のチームに入りレギュラーでした。中学のときも1年生で3年生の引退試合にも出場しました。だけど、絶対的なキャプテンやエースではありませんでした。チームでは上位にいるけどそこまで。東京都代表候補にもなったけど代表入りはできませんでした。

チームも関東大会は出場できるけど全国大会には出場できない。中学3年生の12月までサッカー漬けの毎日でしたが偏差値60くらいの公立高校に入学できました。(念のため調べてみたら2017年現在は偏差値58になっていました。)

好きなことで食っていく

中学校でもサッカー選手としても限界を感じました。上には上がいます。

なので高校では音楽をやりました。これも一生懸命、毎日毎日練習したから国内の大きなステージで演奏することができたし海外で演奏する機会もありました。ラッキーなことに音楽講師として就職することもできました。

ほんと高校生のころは試験勉強なんてそっちのけで音楽漬けの毎日でした。あのころは楽しかったなぁ。

でも、音楽家の道も大変です。上には上がいます。

バークリー音楽大学(アメリカにあるジャズの有名な大学)出身の音楽家にレッスンを受けていました。有名な音楽家を多く輩出している名門校です。そんな有名な音楽大学出身で、アメリカでも活動してきた音楽家でも日本に帰ってきたら「レッスン代で生活している」という事実。今後の人生を考えるには十分なものでした。

ステージに立って演奏してレコーディングする。それだけで食っている音楽家なんて一握りと知りました。

悲しいことは無理にならなくてもいい

当時22歳の僕は衝撃でした。「初任給・ボーナス・年収」なんて友達が言い出します。底辺の音楽家は大変なんです。週6回以上働いていました。昼間は講師としてのレッスンや事務作業に勤しみ夜9時から、自分のレッスン・バンド・オーケストラの練習があったりしました。睡眠時間が3時間程度の日々が続きます。よく考えると若さの力ですw

ゴールデンウィークや年末年始が10日連休とか聞くと羨ましかったです。

その後も職を転々としたわけだけど

音楽講師→ITベンチャー企業の事務職→大手メーカーの人事→医療事務と転職を繰り返してきました。

ITベンチャーは面白い人材がたくさんいました。エンジニアの人ともたくさん話す機会があったので「オフィスソフト」の使い方や「ウインドウズ」の使い方など基本的なITスキルをどんどん勉強しました。

エンジニアには興味がありませんでしたが、在職中に「エクセルVBAや日商簿記2級」の資格を取得したり挑戦する環境が整っていたのは良いことでした。この時期は本気で税理士になってベンチャー企業に骨を埋めようと思っていましたw

日商簿記1級の勉強している最中に「大手電機メーカーの人事」にいく事になったので不要となってしまいましたが、あのまま続けていたら税理士になったいたでしょうね。

ここから先の話は以前のブログにも書いたのでそちらをどうぞ。

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難しい話は疲れるからイヤなんですよね。

楽しくのんびり生きていきたいだけなんです。なのでこれからものんびりとやっていこうと思います。

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